(レジメから)
大阪自由大学 2017.3.9
阪神間モダニズムの継承
朝ドラ「べっぴんさん」をひも解く
NPO神戸居留地研究会
理事
髙 木 應 光
1.阪神間モダニズム
1)交通網の発達
1884(㍾7)年:官鉄(現JR)神戸⇔大阪
1905(㍾38)年:阪神電車
1910(㍾43)年:阪急・神戸線
2)住宅地の開発
官鉄・住吉駅北部から≒芦屋・松風山荘(芦屋神社付近)
芦屋・六麓荘
3)花開く和モダンな生活
大阪・神戸の財力(上方文化)✕神戸の欧米文化=
明治35年頃から昭和15年頃(1902頃~1940頃:40年間弱)
:朝日新聞社主:村山龍平(㍾33)・・・・・➟太平洋戦争勃発1945/12/8
2.創業の女性4人
坂野惇子(ばんのあつこ):旧姓,佐々木、父・八十八(佐々木営業部・現レナウン,貴族院議員)の
末娘。1918(㍽7)年神戸・魚崎で生れ、御影に住む。甲南高等女学校➝東京女学館(2年
間聴講生) 大阪・伊東洋裁学校卒、新婚時:岡本の外人村に住む、
田村江つ子:旧姓,榎並、父・充造(現バンドー化学創業)、1919(㍽8)年神戸・須磨区生れ、
甲南高等女学校で佐々木(坂野)惇子と同級生、田村駒へ嫁ぐ夫・寛次郎
田村光子:江つ子の義姉、父・田村駒次郎、明治40年生れ、惇子より11歳上、梅田女学校(現大手前高校)卒。昭和4年結婚、夫・陽(高島屋・飯田家から)、
村井ミヨ子:旧姓,中井、父・栄三郎(現ニチメン)、大正12年(1923年)東京生れ、父の大阪勤
務で芦屋に住み精道小学校、松蔭高等女学校➟ 松蔭専攻科卒
その他:坂野通夫:惇子の夫、1916(㍽5)年生れ、御影師範附属小学校、旧制甲南高等学校、
京都帝大卒、大阪商船(現商船三井)、
六甲山スキー場からの帰りのトラックの中で、惇子のリュックの解けていた紐を通夫が結んだことがきっかけで恋愛・結婚(1940)、海軍軍属としてジャカルタ武官府へ、30歳で無事帰国。
芦屋本宅(阪神芦屋・現カネカ:長兄・信夫(21歳上、三菱銀行/キリンビール監査役)
芦屋三条町・本家屋敷
岡崎晴彦:ファミリア3代目社長、昭和16年生まれ、岡崎汽船・財閥の岡崎忠の子息、
甲南大経済卒、米アーモスト大学3年へ金融学を学び卒業、三和BKへ、
坂野光子と結婚、ファミリアへ、六甲の別荘も坂野家と直ぐ隣同士
*関係者全員が
3.創業から発展へ
軽井沢に1944疎開:趣味の手芸用品・材料も
戦後:三宮モトヤ靴店でかつて誂えた靴が切っ掛けで・・・
田村江つ子に相談➟ 義姉・田村光子も誘う
初代の店舗:1948(㍼23)年12月4日トーアロード/センター街西端東入る山側2軒目
モトヤ靴店内:陳列ケース2台のみ「ベビーショップ・モトヤ」誕生、
「ファミリア」初店舗:レナウン・サービス・ステーション(後 がスタッフ
2階に デザインルーム:センター街西端ドンク山側)の跡地へ移転、
1950・㍼25/4/12株式会社ファミリア:生田区三宮2丁目328番地、
阪急・清水雅社長との出会い(慶應出身、阪急百貨店初代社長➟東宝社長)の目に留まり
梅田阪急へ出品(1951年4月16日4F子供服売り場陳列ケース2台)、
エピソード:担当課長・鳥居(旧制浪速高校,姉:天津乙女)は坂野通夫の京大の先輩、
阪急特選マークに付け替えて➟無理ファミリア・マークでないと嫌➟阪急ビックリ
➟「阪急ファミリア・グループ」マークとして出品、
1951夏:阪急7階催会場で〔夏の子供服予約展示会〕
1952・3・8~1週間:7階催場360坪1,188㎡で〔子供ショー〕
∵
阪急とファミリアの共通点=阪神間モダニズム
・ファミリア北野坂ハウス(約871坪2,874㎡):1981・S54オープン
・ファミリア・ホール:旧三菱銀行・神戸支店1900(㍾33)年、ジョサイア・コンドの
弟子・曾根達蔵の設計、神戸市景観形成重要建築物に指定
ホールでの催事:商品展示会、音楽コンサート、ピアノ発表会、マタニティ
セミナー、絵画展、子供たちによるファッションショーなど
∴ 阪神間モダニズムの視覚化
1954年4月:東京高島屋から〔ファミリア子供服展〕開催の要請:売上げ好調も常設を断る
新宿伊勢丹から:1954・11〔神戸ファミリア・秋の子供服展〕開催要請、常設を断る、
1956年5月29日:阪急数寄屋橋店へ東京で初直営店(50㎡)
1959年9月:東京高島屋を通じて美智子さんが浩宮のために(衣類・家具等80点の納品)
美智子さんと田村光子の次女・安佐子(聖心女大) ←六甲山の坂野別荘を訪問(1956/㍼31)
4.特徴ある企画と商品
・ファミちゃん・リアちゃん: 1951子熊のデザインを田村泰に依頼(1952入社)
・Tシャツをアウトウェアーに:下着だったTシャツに大きな子熊のイラスト
・1955(㍼30)年頃:トータル・コーディネイトの実践
子供ブレザーなど無かった時代:ファミリアのみ、玩具から寝具まで揃っていた
・スヌーピーのブランド化:1970年販売(予測500個➟71年2,000/月➟73年113,000/年)
・ピーターラビット:
・コロちゃん:
・ハウスチェック:赤・緑・紺のファミリア・チェック
・デニムバッグ:ロングセラー商品、神戸・阪神間のみの伝統的現象⇔東京~横浜は無し
5.経営理念、社員教育
クレーム:「裏返し」と客が商品交換に来る
👆「お母さんの気持ちで」「自分の子供に着せるつもりで」=母性からスタート
大ヶ瀬久子
坂野惇子出産:英国人紹介の外国人専門のベビーナース(古いオシメ⇔正方形オムツ等)
👆神戸・阪神間ならでは
欧米式育児法学ぶ➟ 坂野惇子「欧米の進んだ育児法を我が国に導入普及したい」
4人とも子育てしながら事業に➟新入社員へ:「男性と女性は性格が違う。それゆえ男女が力を合
わせることで、より大きくなる。男女の輪が会社の和である。」*男女共同参画社会を先取り
社員の一般募集:1956(㍼31)年~女子3名に50人応募、男子:翌年~2名に30名応募
選考基準:上品さ、英会話
☜三格:「社員には を、商品には を、
店には を」
↑↓
他との差別化=ブランド化=
6.東西の壁と少子・高齢化
直営店:全国で39店、フランチャイズ店12、コーナー149店
売上高:1位 梅田阪急、2位 通販、3位 神戸元町店、4位 銀座店
⇅
東京のデパート:〔例〕限定デニムバッグ販売 東:西=50:200(東西の差)
プリ・スクールの設置・・・➟?
東京・白金に2015~
阪神間・夙川へ2016/9~
まとめ
「ファミリアは、
独自のファミリアスタイルを形成してきた。(略)」(『ファミリア50年のあゆみ』2000年発行)
* 阪神間モダニズムの継承
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